二郎VSマルゴー

映像「http://picasaweb.google.com/MCSqueeze/VS#

 

  2010年6月16日、第3回マルゴー自転車プランが実施された。

今回は自転車走行そのものに重きを置くものではなく、我らが愛する二郎に焦点を当てたものだ。二郎は一日に何軒行き食べることが出来るのか、という実験的企画である。

 今回のプランの概要はこうだ。

 

コース

(コースタイムと行列と食事時間を込みで計算)

9:00 三田二郎(9時〜15時半)で食事。おそらく三十分程度か。

移動 ゆっくりで可

11:00 品川二郎(11時〜14時半)で食事。開店と同時で同じく、三十分程度か。

移動 かなり早くする。一時間で神田神保町へ

12:30 神田神保町二郎(11時〜14時)で食事。行列を考慮し、一時間を目安。

移動 早稲田へ。一時間程度か。

14:30 高田馬場二郎(11時〜15時)で食事。行列を考慮し、一時間を目安。

移動 池袋へ移動。20分程度。

16:00 池袋東口二郎(11時半〜23時)で食事。行列を考慮し、一時間を目安。

移動 新宿小滝橋口へ。もしくは休憩。

18:00 新宿小滝橋二郎へ(11時〜25時)で食事。もはや時間を考慮しない。

                   移動 新宿歌舞伎町へ。10分程度。

19:00 新宿歌舞伎町店(11時半〜26時)で食事。もはや時間を考慮しない。

ここでプラン終了となる。

 

重要なことは、品川から神田神保町へ、神保町から馬場へのコースタイムをいかに縮められるかにかかっている。

費用 およそ5000円程度。6000円あれば安心か。

 

私も上記の概要を半分冗談で計画したのだが、マルゴーはこれを「いいね!」と快諾した。正直、マルゴーは可能かもしれないが、私は7軒の二郎を食べられるはずはない。

そもそも何でこのようなことになったかというと、マルゴーが二郎全店舗を回りたいと言い始めたことに起因する。メールを重ねるうちに、このような話にまとまってしまった。

ちなみにこの企画を全体メーリスで流したものの反応は無く、メンバーはマルゴー、木下、私の3名しかいなかった。何とも薄情な部員達だ。

 

出発当日、私はケータイのメール着信で目を覚ました。その6時16分のメールは木下からであり、藪のプラン通しを理由に欠席するという旨の内容だった。

「やられた・・・・・・」私は瞬時にそう思った。正直、私も当事者でなく純粋な参加者だとしたらこのような手を使って欠席していたかもしれない。誰だって、1日に複数回二郎を食べたくはない。普通は一食で十分だし、週一回で丁度いい。

しかも外は土砂降りの雨で、激しい雨音が鳴動していた。自転車プランであるので、この天気の中で自転車を漕ぐのは狂気の沙汰である。私は悪天に託けて無限延期を願い、一応マルゴーに中止提案風のメールを送る。「雨酷いけど、どうします?」と。

数分後返信されてきたメールは「雨具ある」という数語の単語のみで、文面には脅迫にも似た緊張感があった。うな垂れながらも覚悟を決めた私は、動きやすい恰好に着替え自転車に跨り、家を出た。

 

30分で三田に着いた。時刻は8時半。横殴りの激しい雨が私を襲い続けたが、何とか無事到着した。1限開始前に大学に着いたのはいいが、最初から授業に出るつもりはない。二郎に行くのだ。

三田二郎にはすでに二人のサラリーマンが並んでいた。けれどもマルゴーの姿はまだない。

私も彼らの後に続き行列に加わった。

8時50分開店。定刻よりも10分早いオープンだった。

席について、わずか二分でラーメン小が出てきた。豪く早い。早速食べようとした私の肩を、マルゴーが後ろから叩いてきた。マルゴーは、これから食べる二郎を待ちきれないのか、とびきりの笑顔を見せている。9時前なので、ちゃんと待ち合わせ時間には間に合った。

ちなみに、今日の三田二郎は腑に落ちない点が多数あった。一つ目は、スープに小バエが3匹ほど浮いていたことだ。これは飲食店としてはあるまじき行為である。けれども、二郎に口出しすることは客の倫理から外れると思い、小バエをすくい、そのままグッと堪えた。そして二つ目は、出された水がぬるいを通り越して、もはや暖かかった。これではもはや白湯のレベルである。熱いスープに白湯では罰ゲームにさえも感じる。

けれども今日の三田二郎は、それを踏まえても美味しかった。三田二郎は当たり外れの差が激しい分、今回はラッキー二郎だったのかもしれない。無事私は完食した。数分後、マルゴーも完食し店を出てきた。マルゴーが私の次のロッドであったことを考慮すれば、恐ろしく早いスピードである。

マルゴーは頻りに「木下はどうした?」と尋ねてくる。私が彼の欠席とその理由を述べると、心底残念がった。マルゴーは以前、木下と仲良くなりたいと発言していたことから、彼の不在は相当ショックだったようだ。

話を本筋に戻す。私たちはこれからどうするべきかを話し合った。マルゴーはこの日18時から日吉で沢の準備会があるらしく、時間があまりないという。それに、7軒の二郎は冷静に考えたところ多いと言う。本音を言い出せなかった私には、その発言は内心嬉しく、早速、品川二郎をカットすることにした。向かうはいざ神田神保町二郎だ。

二人は自転車に乗り、桜田通りを走る。先程の雨も止み、快適なサイクリングだ。私は先頭を走っていたので、ふと後ろのマルゴーを確認する為に振り向くと、マルゴーはママチャリにも関わらず付いてきていた。さすがだと感心したのも束の間、私は彼女の異状に気付いた。そのマルゴーは片手運転をしていて、放している右手にはビデオカメラを持っていた。私は、マルゴーが片手運転で走行しペースを保持していたことには驚いたが、交通量の多い桜田通りでビデオカメラを持ち続け走る、その危険を顧みない行動には閉口した。後で聞いたところ、このビデオは我々の勇士を後世に残すためだという。

無事、桜田門に到着した。途中、文部科学省や自民党本部を通ったが、その前には修学旅行生の大群や報道陣で溢れ返っていたが、大相撲の野球賭博や日本の政治状況など私たちには何の関係も無い。私たちは二郎に行かなければならないのだ。マルゴーの方を見ると、最初からそれらには興味がなさそうだ。もはや二郎しか目がいかない、生粋のジロリアンであるようだ。

内堀通りを走行するが、私は道を何度も間違えた。その度に異邦人のマルゴーに指摘されるのは何とも恥ずかしく、マルゴーには頭が下がる思いだった。

内堀通りから白山通り、そして靖国通りへと進み、40分かけてラーメン二郎神田神保町店へと到着した。けれどもまだ、店はオープンしていない。そもそも開店時間は11時であり、現在は10時丁度であるから当然といえば当然だ。開店1時間前から並ぶのも癪なので、私たちは古書街へと足を運んだ。

神田神保町と言えば、専修大、共立女子大、日本工学院などが密集する学生街のみならず、石井スポーツ、さかいやスポーツなども集まる、アウトドアショップのメッカでもある。けれども神保町といえば、やはり古書街であろう。あの狭い土地に約180店舗の本屋が密集しているのだから、おそらく、世界一の本屋の数というキャッチフレーズは満更でもなさそうだ。

マルゴーは「おすすめの本屋に連れて行け」と言うので、私は日本のお土産に最適な、「京都 便利堂」に連れていった。ここでは、俵屋宗達とか鈴木春信などの絵、さらには鳥獣戯画などのユーモアに富んだ絵葉書やクリアファイルが買える、少しお洒落なお店である。

連れて来たのは良いものの、マルゴーは2秒で店内から消えた。そそくさと出ていくマルゴーを見て「なぜ!?」と私は思ったが、私自身はといえば店員のおばさんにからまれて、頻りに風神雷神図のクリアファイルを買えと勧められていた。

何とかおばさんを振り切ると、私はマルゴーを探したが、結局、隣の店「秦川堂書店」にいた。ここは、古書・古地図で有名な神保町有数の店である。

マルゴーは私を見つけるや否や、興奮した様子で「見ろ!」と手に持っていた、古いアルバムを見せてきた。その中の白黒写真には、おそらく戦前から戦時であろう時代の、日本国海軍の蒸気船が映っていた。

「かっこいい」マルゴーは独り言のように、そして惚れ惚れしたような語勢で呟いた。私はそれを気にも留めていなかったが、数秒後、私にマルゴーは驚きの発言をした。

「私来年、海軍入るんだ。」 

 これは全く意図していない発言であった。確か以前、船の操縦士になりたいと言っていたのを私は記憶していたが、海軍に入りたい、いやすでに願望とかいうレベルでは無く決定事項のような口調でさらりと言ったものだから、私は茫然とした。

その発言の詳細を聞き、結局分かったことを整理すると、船の操縦をするには海軍に入ることが一番手っ取り早いこと、1年間の研修なので本当の職業にするつもりはないこと、人を殺したくはないこと、そして様々な経験をしてみたいことが、海軍入隊の主な理由らしい。

 実際深いようで、あまり深くはない内容だった。けれども、在学しているビジネススクールで会得した知識、それにわざわざ行った日本留学の経験が全く生かされていない状況を慮ると、やはり多くの疑問が残る。

 

 10時に近づいたので、私たちは二郎へと戻った。すると、私たちの甘さというか認識不足により行列に遅れた。すでに店の外には30人以上の行列があった。これだと、おそらく1時間以上待たされることになる。けれどもこうなってはもう仕方ない。意を決し、私たちはその行列に加わることにした。

 マルゴーは時々行列から離れ、店内を覗いたり、お腹を両手で押さえ「おなか減った」と言ったり、三矢サイダーの大缶を買っては一口つけただけで飲めないと言ったりした。放牧された羊のように、少し自由すぎた。

 

 予想通りの1時間待ちで、入店することが出来た。マルゴーの着席と同時に「麺固め」と注文する姿は、完全に様になっている。

 10分待って、ラーメン小が出てきた。三田で食べ慣れた私にとっては、美しいフォルムをしていた。美味しそうであるが、私は先程から腹が痛かった。どうにも気がかりである。

 神田神保町二郎は、数ある二郎の中でも名店と評される一つである。確かに山盛りに盛られた野菜は、生ゴミ使用の三田とは比較にならないほど美味しい。けれども野菜を食べただけで、私はもうお腹いっぱいである。3席離れたマルゴーを見るが、美味しそうに麺を食べている。そして立ち上がり、店を後にした。完食のようだ。全く、計り知れない胃袋と貪欲な精神である。

 私は、結局麺を4分の1玉と肉1枚を残し、ギブアップした。残したのは去年の歌舞伎町二郎以来だった。あまりに不名誉だが仕方ない。あと一口、たったの一口でもあの濃厚ラーメンを食べたものなら、確実に器にもどしていた。

 そそくさと店外に出ると、マルゴーが自前のビデオカメラで、私の惨めな姿を撮影していた。マルゴーは撮影しながら、私を嘲笑うかのように爆笑していた。

 マルゴーにお腹いっぱいかどうか尋ねると、後一杯いけると言った。私としては、ホントに堪ったものではない。このままでは高田馬場に行く羽目になりかねない。私はどうしてもそれを避けたかった。

 私のエグッている姿を見て、マルゴーは中国の死刑の一つみたいだと言ってきた。古代中国では、私たちの想像をはるかに超える死刑方法が存在したのは周知の通りであるが、そのひとつに、死ぬまで食べさせ続けるというものがあったそうだ。その死刑囚が私みたいだと言っては、また爆笑した。私はそれに対して苦笑する他なかった。

 尋常ではない日射しとラーメンに疲れた私は、近くのドトールコーヒーで休憩しようと提案。マルゴーも同意した。私はハニーカフェラテを注文し、マルゴーはいらないと言い勝手に席に座り始めると、付き添いの私はレジのおじさんに「それは無いよー。頼んでくださいよー」と言われ、しょうがないのでカフェラテを追加注文することにした。

 席に着き、ハニーカフェラテを一口飲むと私は猛烈な吐き気と下痢に襲われ、トイレに駆け込んだ。そして便座に跪くとそのまま吐いた。大量の吐瀉物は見事なまでに二郎を形成していて、それを見て更に吐いた。逆流を許した喉は焼けつくような痛みがあり、口内は胃酸の酸味と二郎の残り味で、おぞましい程の不快さがあった。

それから私は、10分トイレにこもり続け、吐き続けた。

 漸く峠を越え席に戻ると、意気消沈した私を見てマルゴーは、どうやら次の二郎を断念してくれるようだ。まさに不幸中の幸い。けれども悲しいことに、反省会は夜、舞伎町二郎で行うつもりだとマルゴーは言った。余裕でそれを言いのける先には、規格外のジロリアンに成長したマルゴーの姿があった。

私たちはそのままエスケープ・靖国・ルートを用い、帰宅した。

 

今回の実験企画は、私がマルゴーの足を引っ張る形で完全に失敗に終わった。もう二度とやらないし、当分二郎を控えたいと思う。

ちなみに上記に付した様に、二郎VSマルゴー完全ドキュメンタリーが監督・マルゴーで作品化された。出来は想像以上に良いし、皆も是非見てもらいたい。撮影も編集もこなすマルゴーは全く多才である。そして鬼才デヴィッド・リンチみたいな映像を撮る。ただ、私の完膚なきまでの情けなさが前面に表れているのは癪だが。