マルゴー冒険記、もしくはマルゴーの暴走  二〇一〇年五月九日 

(写真http://picasaweb.google.com/MCSqueeze)

 

 

五月九日朝十一時頃、ワンゲル全体メーリスで一通のプラン募集メールが回って来た。差し出し人はマルゴーだ。メールの内容は、日曜日夜にもかかわらずナイトサイクリングという無鉄砲ぶりだ。しかも日曜日に自殺だの、サイクリング部に入り損ねた人などとも記載されており、何ともエキサイティングな文面でもあった。月曜一限に授業があるにもかかわらず私は面白そうだったので、参加することを決意した。

すぐにマルゴーから企画書の返信があった。その企画書を以下抜粋する。

 

慶応義塾大学ワンダーフォーゲル部企画書 

 

プラン名2010年度ナイトサイクリング部門 「マルゴーに従ってみたいなぁ」

山域東京バイナイト  

日程201059

最終下自転車時刻 最終下自転車予定日 510日(月) 00:01

目的マルゴーがリーダーになりたいが時間足りないので新しいジャンルを出そうとしている。また東京は汚い都会だけでなくことを証明するためプランです。

参加者 L:マルゴー SL:いない M: 小松、久保、?、?、?

資料自転車

地図 要らない

行動予定

21時に桜田門から集合

そのまま出発

後はサプライズ

 

何てクレイジーな内容だろうか!まずプラン名が面白すぎる。それに目的は意味不明なほどシュールだ。また「最終下自転車時刻」という、すでに日本語として崩壊している単語も特筆する点であろう。この文面からマルゴーの際限無いユーモアさが滲み出ている。

この時点で丁度正午。出発まで残り九時間である。

 

 

夜、二〇時半頃私は皇居桜田門に自転車で到着した。桜田門前集合というのが、何とも斬新である。日本人でも桜田門でうろついていたら職務質問の対象であるし、まして外国人が夜中にいたら、確実に不審者かテロリストであろう。

それに、皇居前、そして警視庁がすぐそばにあるため、警官の数が尋常ではない。それに近くの虎ノ門で乗用車が大破する交通事故が発生していたため、サイレンが夜の静けさに響き、騒然となっている。出発前から不吉な予感がする。

私がタイヤに空気を入れていると、そこにマルゴーが到着した。なんとツール・ド・フランスで有名な自転車大国出身な彼女にもかかわらず、乗っていたのはママチャリだ。:::これで行こうとしているのかと思うとかなり不安だ。

まだ不安要素はかなりあった。左のプラン地図を見て欲しい。

おそらく手書きの地図においては完璧な出来であろう。けれどもマルゴーが何処に連れてくつもりなのかは、この地図では全く不明である。少しアバウト過ぎる。芸術大国フランスのマルゴーは、なんてエキセントリックな地図を書くのだろうか。これからの行程は不安ではあるが、何とも楽しみだった。

出発時刻一〇分前に、久保が到着した。自転車は「ジャイアント」のシクロクロスで、魅力的な様相を呈していた。私を含めたこの三人で東京都内を爆走するのだから、おそらく何も事件が起こらないわけが無いのだ。

三人が集まったため、マルゴーはワンゲルのしきたりに預かり、私たちに抱負を強制した。それに反省会を同週の水曜日の朝、二郎ですると言う。なんともラジカルな発言である。

このプラン地図では、行き先はマルゴーしか分からない。私はこの先の行程で何が起こるのであろうかワクワクして仕方なかった。

おそらく見送りする人は皆無であろう。私だったら絶対行かないし、実際誰も来なかった。しかしリーダーのマルゴーは、見送りしてくれる人を待つため、出発の定刻まで待っていた。自分の初リーダープラン() であるという意気込みが強かったのであろう。

時間になったので出発した。誰も見送りに来ず少し落ち込んだマルゴーは心を切り替え、彼女の「行くぜ!」という怒号を合図に走り出した。彼女の声は皇居をランニングする大勢の人の視線を釘づけにし、奇声は静かな皇居に響いた。ちなみに走行順はマルゴー、久保、私の順だった。

 

マルゴーは軽快なペダル漕ぎで、桜田門に突進していった。ママチャリの速さとは思えないほどの速度があった。マルゴーの脚力は計り知れない。あまりに未知数だ。

皇居を半周し、皇居をランニングする人を上手く避けながら、ある一つの門(名前は不明)に辿り着き、先頭のマルゴーは自転車を止めた。カバンからカメラを取り出したことから、どうやら記念写真を撮りたいようだ。

門を警護する警備員に白い目で見られながら、マルゴーは両親からプレゼントしてもらったニコンの一眼レフで門の前でポーズをとる私たちを連射した。数分後彼女はすっかり満足したようで、そのまま自転車にまたがり普通に走り出した。

三十分後、新宿に着いた。どうやらマルゴーはお腹が空いたらしく、夕飯を食べたいらしい。マルゴーは私たちに行きつけの店を紹介すると言った。

東急新宿駅西口、ワンゲルと癒着している好日山荘へと続く道の途中にある大型のユニクロ新宿店の裏に自転車を止めた。私と久保はどこで何を食べる気なんだ?と一抹の不安を持ったまま、マルゴーの後に付いて行った。

マルゴーが入った先は「思い出横丁」だった。新宿歌舞伎町「ゴールデン街」と双璧を為す、大衆酒場が立ち並ぶおっさんのメッカだ。日本人の私さえ足を踏み込んだことが無いのに、彼女は堂々と行く予定の店を探し始めた。

日曜日の夜であったため、シャッターが閉まっている店が多い。そのためマルゴーは五分間店を探した揚句、あるラーメン屋に入った。中国人が経営する、汚らしいラーメン屋だ。メニューにただのラーメン(四〇〇円)と醤油ラーメン(五〇〇円)が記載されている、意味不明な店だ。ではこの普通のラーメンとは一体何味だろうか? 三人とも興味本位でラーメンを注文した。しばらくして出てきたラーメンは完全なる醤油ラーメンだった。全く自家撞着していた。

三人とも無事完食し、店を後にした。

 

私は尿意を感じたので、マルゴーにトイレに行きたいと言った。「思い出横丁」に公衆トイレがあることを私は確認していたので、そこに行こうとするとマルゴーは「そこへは行くな!」と言う。どうやらもっとキレイなトイレに連れていってくれると言う。

一〇分ほど自転車を走らせると、何ともでかいビルに辿り着いた。「新宿アイランド」と称されたそのビルは、新宿でも屈指の高層ビルである。マルゴーはこのビルは自身のバイト先だと言って、テクテクとビルに入っていく。四四階直通のエレベーターの中で、マルゴーは私たちに「中国人のふりをしてくれ。警察が聞いて来ても、私に任せろ!」 と真意を掴めない発言をした。正直何が起こるのかを考えると、怖い。

四四階に着くと、何故かマルゴーは階段で下に降り始めた。そして三九階まで降りると、周りをキョロキョロしながらフロアへと不法侵入した。一体トイレはまだだろうか?

すると眼前には、私が香港で見た「百万ドルの夜景」に匹敵する程の、東京の夜景が広がっていた。天気のいい日には富士山が見えるであろうその景色は、新宿のオフィス街の夜景が楽しめた。どうやらマルゴーはこの景色を私たちに見せたかったのだ。マルゴーはここが一番のお気に入りの場所だと言う。こんな素晴らしい眺望を知っていて、それを他人に見せたいなんて、本当に彼女は通で粋な女だ。

けれども事件は起こった。

マルゴーが写真を撮っていると、突然反対側のドアが開いた。入って来たのは一人の警備員だった。警備員が懐中電灯で私たち三人を照らしている。彼はトランシーバーで本部と連絡を取り合うしぐさをしていて、「三人の侵入者を発見しました」 と静寂なフロアに、彼の報告する声が響いた。

警備員は私たち前に立つと言った。

「あの、ここは進入禁止のフロアであり、あなたたち三人が侵入したので警報システムが作動しました」

私は日本語を喋れない中国人のふりをして、久保はだんまりを決め込んだ。

マルゴーが一生懸命弁明するが、話は一向に解決しなかった。結局、私たちは応援に来た警備員二人に身分証明を提示し、即刻強制退去された。

結局、警備員と一緒にエレベーターに乗り込み、一階で降ろされた。幸か不幸か、エレベーターの前にはしっかりとトイレがあった。

 

再び私たちは自転車を走らせた。次にマルゴーは、私たちに魔法の池を見せてくれるという。マルゴーのことであろうから、ありきたりの観光名所ではないはずだ。

マルゴーは道中、まるで当然のように信号無視をした。一番怖かったのは、防衛省前において隊員が見つめる前を赤信号で通過したことだ。これには戦慄が走った。結局は何も御咎めは無かったが、もう私たちは交番の前でも信号無視をするのが常になった。

四〇分は走ったであろうか。着いた場所は、何故か東京大学本郷キャンパスだった。

再び、マルゴーは赤門の警備員を無視して自転車でキャンパス内に侵入した。私と久保も彼女の後に続いた。私たちは適当な場所に違法駐輪を決め込み、登山道のような道を下って行った。行き着いた場所は、東大自慢の本郷池だった。日曜日の夜一一時にもかかわらず、カップルが多数いた。私たち三人はその中に混じって、池の中心の浮き石の上に座った。アウトドアの恰好をしている不審者が円形に胡坐をかいているのだから、カップルにとって、お洒落なムードは完全にブチ壊しである。するとマルゴーは、徐にカバンの中から“爆弾”を取り出した。ジップロックの中に入っていたそれは、何とチョコレートケーキだった。それはマルゴーが炊飯器で焼いた力作だった。形は綺麗なまでの円形で、私が女子の手作りで食べたスイーツの中で確実に一番美味しかった。

石の上で、私たちは沢山のことを話した。なんで東大のこんな場所を知っていたの?とマルゴーに尋ねると、マルゴーは昔東大にも留学していたらしいことが分かった。何と言う才女であろうか。また何で留学先を日本に決めたの?と尋ねてみると、友達とじゃんけんで決めたとも言っていた。それを詳しく聞くと、マルゴーの在籍しているビジネススクールでは、日本留学の枠は一つしかなかったらしい。勝ったマルゴーは日本へ、負けた友達は南アフリカへ行ったらしい。人生とは何と数奇なものであろうか。もしじゃんけんに負けていたら、マルゴーは南アフリカにいたのだ。

三〇分休憩すると、私たちは東大を後にした。次はマルゴーのお気に入りの木々たちを見せてくれると言う。

自転車は距離を進ませ、お茶の水から台東区中谷まで来た。そして墓場が隙間なく集合している気味悪い地点まで進んだ。

汚らしい古いパン屋の横の分岐に、そこには一目で分かる素晴らしい枝垂れ杉があった。その枝垂れ杉は、道を覆い被さるように生えていて、見る者を圧倒する程の存在感があった。枝先は見事なまでに垂れ下がり、その一つ一つは工芸品のように繊細だった。観光マップには当然載っていないため、おそらくマルゴーが自力で探したものだろう。私と久保はついその杉に見惚れてしまった。

本当に彼女は先入観に囚われない稀な女だった。自分が美しいと思うものを純粋に美しいと言える、その心意気がたまらなくカッコ良かった。

しばらく休むと、突然マルゴーは、これから海へ向かうと言い始めた。もう私と久保は、少しのことでは驚かなくなっていた。

出発はしたもののマルゴーは道を誤ったらしく、時折、民家の敷地に侵入したりした。

私たちは隅田川沿いに海の方へ進む。この様子だと、おそらく晴海ふ頭に向かうようだ。

二時間近く自転車を漕ぎ、無事晴海ふ頭に着いた。ここがプランの最終到着地点である。マルゴーはワンゲルがあのピークで歌う「若き血」を私たちに歌えと強制した。けれどもマルゴーは若き血の歌詞を知らないため、私は気を遣って「シャンゼリゼ」を歌い始めた。けれどもマルゴーはこの世の絶望を体現したような目つきで私を睨み、ガッカリしたように先に自転車を走らせた。

晴海ふ頭は夜中の二時にもかかわらず、ここもカップルで溢れていた。マルゴーの嬉しさのあまりに発する奇声が、カップルたちの良い雰囲気を壊滅的なまでに破壊し、私と最近彼女と別れた久保にとってはいい気味だった。それでもレインボーブリッジとフジテレビ本社、そして僅かに東京タワーが見えるその夜景は、カップルがいちゃつくには相応しい場所だった。

私たちはマルゴーに驚くカップルを無視して、芝生に転がった。そこには松が定間隔で植えてあり、寝転がるには風情がありすぎる場所だった。

するとリラックスしたマルゴーは、普段はあまり語らない自分のことについて語り始めた。以下はマルゴーのことについて記す。

マルゴーの両親はどちらも医者らしく、二人の弟がいた。長男は両親と同じく医者を志していて、次男はかなりの問題児だった。マルゴーは長男を面白くない人物だと見限っている一方、次男を愛していた。次男はスーパーで万引きして両親を困らしたり、いつもパブで女の子と遊んだりしても、マルゴーは次男を面白いやつと思い続けていた。

マルゴーは普段暇な時、東京都内で自転車を走らせているらしい。このプランも前日に下調べしてきたというから驚きだ。それに日本語を三年しか勉強していないのに、あれほど流暢に喋ることが出来る語学力は本人の才能に他ならないであろう。

ファッションにそれ程関心も無く、暇なことが嫌いで雪山もこなすマルゴーは、完全なる山女だ。それにワンゲルは、男と一緒に山に行けるから嬉しいとも公言していた。男たちにとって何とも嬉しい発言である。マルゴーは、突然芝生の上で「山に行きたい!」と叫び始めた。本当に山が好きなのだ。

ここまで書くと、マルゴーは日本人よりもコアな日本を知っているフランス人であった。彼女はお化粧やブランド品に身を包むそこら辺の女よりも数段に魅力的である。

将来、映画監督か船の操縦士になりたいとマルゴーは言う。夢は私のそれと比べ物にならないほど雄大だ。でもなぜフランスのビジネススクールに在籍しているかは不明だ。

 

深夜三時に、潮風を含んだ冷たい浜風が私たちを襲った。星は、東京特有の汚れた空の霞みで見えなかったが、下弦の月が妖艶な程に輝いていた。

素晴らしく魅力的で、久しぶりに興奮した夜だった。マルゴーは今度、一泊二日でサイクリングプランを出したいと言っていた。その時は、皆も参加してみてはいかがだろうか。